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2013年6月25日 (火)

漢詩風三国志演義
VEr 1・7・5

黄巾の乱起こる 朝廷 宦官跳梁跋扈 農民たちが重税に苦しみ 立ち上がる

黄巾党 張角 立ち上がる関帝国の14州之内 主要8州が黄巾党に支配される

蒼天すでに死す 黄巾の世訪れる

劉備玄徳 筵売り 母親から劉邦の末裔と聞かされる
語源少なく よく人に下り 喜怒は色に表さず

曹操孟徳 宦官の子として生まれる

張繍の屋敷に入り 誰も寄せ付けないほどの剣戟 

司法に裁かれ洛陽の門を預かり

貴族平民問わず 厳しい取り締まりをした

また零帝に 十常侍の悪事を披露

人見の人 許子将に

治世の能臣 乱世の奸雄 呼称される

陳宮と仲が良かったが

露白書の家で 殺そうか という声を聞き 露白書を殺してしまう

実は 豚の丸焼きを 作るため 束縛とか 殺すとか言っていた
「天が 欺くのならば 我は 天に従わぬ カーカッカ」と 悪名をはせる

陳宮 曹操を危険だと思い 殺そうか考えるが やめる

関羽 張飛 劉備と 桃園の誓いを交わす(桃園結義)

曹操と劉備と孫堅 ともに 黄巾党を破る(正史では皇甫嵩の手柄だが)

韓当 黄蓋 程昱 周瑜 夏侯惇 曹真 関羽 張飛 荀彧
などが 38万の波才を破り

張角病死 中国最大の農民の反乱収まる

劉備 下婢の僕になるも 悪政を見かねて 役人殺し(演義では張飛になっている)

放浪の戸へ 中山斉王の劉勝の子孫だと聞かされる

董卓 北の国から やってくる

袁紹と友に 十常侍を殺す 宦官による 悪政が治まる

董卓善政を引くも 民は 反発し 自棄になる

太守を殺し 献帝を片手に持ち 董卓 女性を 犯したり 王族の墓を荒らす

見かねた 公孫賛 孫堅 貴族(3公)の出の袁紹などが

同盟を結び 董卓包囲網陣を 作る

曹操 檄文を飛ばす

董卓打つべし



雌雄一対の剣 方天画戟 青龍偃月刀(20kg) 蛇矛(30kg)

汜水関の戦い 関羽雲長 董卓の英雄を たくさん殺す 下郎から 将軍へ昇格 人誅の呂布 馬虫の赤兎

呂布に 張飛翼徳(正史では益徳) 関羽 夏侯惇元嬢 夏侯淵妙才 劉備 曹操をもってしてもかなわず

曹操 梅の実があると いい喉の渇きを潤
す行軍 後の歴史家 戦略家から 誓願の曹操と名前を残す
梅を求めて乾きを得る
虎痴許楮曹操のはいかに

宰相の王允 連環の計を行う

美女貂蝉 呂布奉先に気があるふりをし 董卓に嫁入りする

貂蝉 董卓を殺すように 呂布に頼む

呂布 董卓を殺す 父親殺しは3度め

貂蝉 手紙を残し 死ぬ

手紙を読み 呂布 計画出会ったことをしる

チョウコウ
顔良 文醜 などに絡まれた 劉備 子龍一身全てこれ肝なり趙雲子龍に 劉備の命を助けてもらう 白馬将軍 公孫賛 が 北平へ帰る

群雄割拠

孫堅玉璽を発見 竹林七賢人劉表に 打たれる(竹林の七賢は他に
流麗と言う者がいた  背が低く 容貌は醜かったが

世間体など気にせず 自由奔放に振る舞い 宇宙でさえ小さいと感じていた 作品に酒と徳という ものがある 世説新語

曹嵩賊に討たれ死去 曹操激昂 陶謙を攻める

曹操 呂布と遭遇 川に逃げ 

負け戦

夏侯惇 親にもらった 物だ 目玉を食べる 

曹操 劉備の魅力の才を見抜き 

「天下を治めるのは君と予だ」

と言い渡す 落雷 わざと怯えるふりをして 箸を落とす

曹操は安堵 孫子の兵法へ注訳ををつける

孫氏の子孫 孫策 太史慈と一騎打ち(史実でも少ない一騎打ち 本当にあった)

玉璽を袁術に兵1000を借り 厳白虎を破る 

呉 会稽 廬江
中国の30%四分の一を収め 袁紹と兵力が拮抗す  小覇王と呼ばれる

中華で 一番強い勢力となる

(孫策 孫権戯れに 諸葛瑾の顔を驢馬と嘲笑す

諸葛瑾 酒に酔いて 一杯 また一杯とヤケ酒 

主君家臣身分の差などなく笑う(呉は家族のようなアットホームな感じだったらしい

笑語よくし性は闊達長孺 人を持ちうるによし)

(余談だが 袁術 皇帝を名乗る 

曹操が手を組まぬかというが 腹心の二張が 止める

仙人左慈の亡霊により 孫策死去 孫権が跡を継ぐ(守りに優れているお前なら太平の呉を築くことが出来ると言い渡される)(史実では 目に矢を受けた 孫策が あまりの自分の醜さに

自殺)

呂布 徐州へ向かう

法を制して自らこれ犯せば如何下率いん
 軍師陳宮兵を疲弊させない策を練るが
呂布は進軍を続ける

 二虎競食の計を曹操の 荀彧が出す

最初は失敗 二虎倍飲の計により

徐州の太守 劉備 呂布と喧嘩する (北方三国志では黒将軍となっているが

これは間違い 正しくは飛将軍 ちなみに北方さん 三国志の

なかで「呂布こそ真の英雄 一番好きなキャラクターです」といっている

元董卓配下 張遼 関羽に諭され 真の主君は呂布ではなく曹操だと悟

曹操のもとへ 行く

悪来典韋 曹操の命を救う

(曹操は 暗殺を恐れ いつも 誰かが我を暗殺しようと企んでいる

と言っていた 部下は笑って信じなかった

「ある日 使いの者に 「刀をしのばせわしに近づけ

お前を引っ捕らえる わしの差金ということにし後に褒美」

といい翌日 胸騒ぎがする と曹操 使いの者を調べさせ

刀がある

切れと命じた

男は死ぬまで何がなんだかわからなかったが

部下は曹操の予感を信じさせられた

(そうそうはよく言っていた 寝ている時でも近づくな 殺すぞと
あるとき 眠ったふりをし 側近が布団をかけたが斬り殺した

以後曹操の寝ているときは近づかなかった 

(曹操のもとへ一人の歌姫がいた 声は美しいが気分屋だった

それが気に入らない曹操百人の女に歌を仕込ませ

用済みだいらぬ殺せと 歌姫を殺した

陳宮と呂布は 民を思い 畑を荒らされない ように 城に籠る

陳宮は逃げ出す覚悟だった(城からでるよう宣川した

水攻めにあい 呂布降参 曹操に切られる

虎を縛すれば急にせざるを得ず

呂布を縄でなく鎖で縛る

袁紹本初 公孫賛を倒し 河北の12の県を得る

悪来典韋死去 曹操 喪に服し 元気がなくなる

荒城 洛陽より

子供の帝を 助け出し 遷都 許昌を帝都とする 銅雀台にて 夏侯淵

弓を射る
 帝を利用し 青島の屯田制を引き

武力をます  8県を治める 魏武の強

(このころ丞相と呼ばれた 曹操は丞相の頃 門に活と書いた

大工達は首をひねったが 揚州は 大きな門を所望だと 解いた

なぞなぞ好きだった

曹操が 牛の乳を飲んだ 蓋に 合と書いた

揚州はこれを観て一口のんだ

人が 一口と解いたためである

だが揚州はこのご 曹植擁立や 袁術の甥に当たることなどから

文帝により処刑された

また 虐殺を行い 曹操 悪名を轟かす

献帝の狩りで 献帝の矢を 自分のものにし なお 悪名をトドロカス
劉備は 献帝の叔父であることがわかり徐州の太守に封じられる
袁術は曹操に滅ぼされる

白馬の戦い

13万の袁紹と 6万の曹操 対自す

関羽 曹操の剣客となり 袁紹の 顔良 文醜を倒す

関羽の三個条

関羽の千里行

5関所を超え 劉備の元へ戻る

的盧で 崖を越える 後に的盧は徐庶のもとへ

関羽 曹操から 金銀財宝 赤兎馬などをもらうが

義兄弟の義理により無視 

また関羽 孔子の暗記に優れており

春秋 大学 中庸 すべて丸暗記

(余談だが徐州より曹操の虐殺から逃れるため諸葛亮 荊州へ避難

黄家の嫁をもらい 黄月英と 碁でSimulationGAMEや徐庶と双六などで遊び

 農作物(日本の桃は 黄月英と諸葛亮が改良したもの)や後に機械像 木行龍馬
などの絡繰のヒントを黄月英より得る

孔明の嫁選び)

 北の袁紹と官渡の合戦 兵糧攻めと 投石機で 袁紹を を倒し

中華40%の領土をとった
徐州から 曹操の元へ行きたくないとの民の声を聞き

荊州へ 民をつれ 大移動

張飛 橋で 5万の兵を 一括し止める

劉備 阿戸と妻を 投げ出して 趙雲に 叱られる 

劉備は 荊州に行き 劉表の元を頼り 無頼漢にして稀代の軍師 徐庶 趙雲子龍を仲間にする
市場で黄月英と張飛が出会うが 孔明の嫁とはしらず世間話

そして冬 雪降 月夜の晩 三顧の礼の後三国一の軍師 諸葛亮孔明を仲間に加える
母親を取られた徐庶は曹操へ下り

鳳雛伏龍を指す 

髀肉之嘆

官渡の戦いの半年後 80万の兵力で赤壁へ向かい曹操は軍を進める

荊州は 跡目争いが起こり 蔡瑁が 裏切り 曹操の手に落ちる 

賈詡 馬超と対決 馬超は 曹操の偽手紙の策により 馬騰と韓当の争いが起き

劉騎 梯子を外し 孔明に 汝南の太守に封じるよう いわれ

劉表の子孫は 生き延びた

蜀へ逃げる

こうして 曹操孟徳中華の 70%を取る

会越海良の二会を得て 

月に向かって 歌を読む
酒に対して歌に当たる
人生幾何(いく)ぞ
譬(たとえ)えば朝露(ちょうろ)の如し
去日苦(はなは)だ多し

概して当に以って慷(こう)すべし
憂思忘れ難し
何を以ってか憂いを解かん
唯杜康有るのみ

青青(せいせい)たる子が衿
悠(おも)い悠う我が心
但(ただ)君の為の故に
沈吟(しんぎん)して今に至る

[口幼][口幼](ゆうゆう)と鹿鳴き
野の苹(よもぎ)を食らう
我が嘉賓(かひん)有らば
瑟(しつ)を鼓(こ)し笙を吹かん

明明として月の如し
何れの時にかとる可けん
憂ひは中(うち)従(よ)り来たりて
断絶す可からず

陌(はく)を越え阡(せん)を度(わた)り
枉(ま)げて用て相存(そうぞん)す
契闊(けいかつ)談讌(だんえん)して
心旧恩を念う

月は明らかに星は稀に
烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ
樹を繞(めぐ)ること三匝(さんそう)
何れの枝にか依る可き

山は高きを厭わず
海は深きを厭わず
周公哺(ほ)を吐きて
天下の心を帰す
(天下をツキに例えるのは道長に似ているなあ と思った
5分 7詩 後に日本に渡り 俳句となる

曹操なければ 松尾芭蕉も 正岡子規も 石川啄木も 島崎藤村も中二病詩人尾崎放哉生まれなかった

分け入ってもわけはいっても山の中

早く大計を定め衆人の義用いる事なかれ

周瑜に 十万本の矢を献上しろと 孔明言われる

10日とも言わず 3日で献上します という

十万本の矢を魏軍から盗み

そのさいに 周瑜驚愕す
草船借箭

劉備に天下三分の計を 言い渡す

最初は躊躇していた劉備

水魚の交わりと関羽が言う

伏流龐徳推挙されるも扱いが酷く 諸葛亮へ

こうして劉備は伏竜鳳雛を獲る

三国鼎立(呉服屋の呉とは魏呉蜀の呉のこと

(龐統が呉に行くと 名将陸績や胡椒など名士が集った

陸は俊馬 顧は牛だな といった 呉の人々はHUMORが有っ為

笑った

(諸葛三兄弟 蜀は龍を得 呉はその虎を得 魏はその狗を得たり

魏に使えた痰は よく人材を跋扈し 公明無私 原題の夏侯玄と声望を等しくした

諸葛瑾は裁量よく 内政に通じ 孔明似合った時 私語を慎まなかった

龐徳の甘言 曹操船を縛る 

呉配下百花斉放百家争鳴
孫策の跡を継いだ 赤髭 碧眼児 孫権周瑜は公明の策により二橋を取られないように
机を真っ二つにして 降伏を断る(ショショウリあえて曹を迎えると有らばこの案と同じ辛ん)

周瑜と諸葛亮は手のひらを見せ合い 笑う

黄蓋が 軍を降りるふりをして 曹操の大群に近づく

諸葛亮の頭脳で 北風を呼びを呼び寄せ 曹操の大群を

紅蓮の炎のもと 消え去る

甘寧 程普 陸遜 黄蓋 周泰 太史慈 蒋欽 などの活躍により

曹操は 川魚にあたり 落ちる

なんとか逃れた 曹操 

関羽に命乞い

孔明 必殺せよとの命を下すが

見過ごす

孔明激怒 切れと命ずるが 劉備が止める

その後 荊州は 呉がとるが

劉備との結婚のため 孫尚香が行く

周瑜憤死 死去 殿に天下を取らせてあげられたと言い残し

無常や人生天はなぜ孔明と周喩を遣わした

(これは演義ではなく史記によるものだが 異民族匈奴と合う時に

夏侯惇(世説新語では斎苑 )が 曹操の影武者を 務めた(曹操は 身長コンプレックスがあった

曹操の配下が 「なんであんたのとこの 王様は 夏侯惇の横にいるんだい」

と答えて 異民族の使者を切る

(荀祭は龍騎将軍曹洪の娘を娶った 鴛鴦夫婦だっったが

ある日病に妻が倒れ 雪の中を出て体を冷やし 光熱の体を冷やした

だが妻は無駄と言い残し死んだ 妻の死語荀祭は没する 29才だった

劉璋 の配下 重修が 蜀の地図を持って 曹操の元へ行くが

散々な目に遭う 孟徳新書を子供の習いだと馬鹿にし 暗記した孟徳新書を唱え

魏将 大いに驚く

このころ 関羽 算盤を発明

これにより 関羽 周倉 関帝寮で 世界中の China Town(日本では横浜の中華街)で商売繁盛の神として祀られる

 その後劉備の元へいき  趙雲や張飛から歓待を受け

地図を渡す

龐徳死去

門に 口と書き 長秋は 曹操の元へ下る 孟徳新書は燃やされる

華佗仙 孔子の子孫 孔融は 性格に問題があるため 曹操に殺される

曹操 華佗仙の世界で初の麻酔手術を 西濃書へ書き残し

全世界で 麻酔治療が 可能となる

曹操世界初の甘酒を発明 日本で正月に甘酒が飲めるのは

曹操のおかげ

孔明は 蜀を攻めるよう千言し 劉備は蜀を攻める

張飛の活躍により 蜀は落ちる

劉備の元へ厳顔 黄忠 馬超が 仲間に加わる

五虎将 集結す

その後 劉備の元へ 盧植が荊州を返すように言うが

断る

鶏肋 曹操は漢中をそうよび 撤退隴を得て蜀を望む

劉備は五斗米道張魯が治める 漢中を攻め

高祖劉邦の漢中王の説話より 皇帝を名乗る

曹操は 漢王室を 復活させないため 王佐の才 荀彧に空の箱をわたす 漢王室が復興しないと悟った

荀彧は 自害する 

その後呉の 呉下の阿蒙 人は 3日 刮目して見よと盧植に言われた
呂蒙が 関羽を殺し 荊州を取る(正史では 関羽は 自尊心のみ高く(プライドが高かった為 卑怯な戦法はとらなかっったらしい) 器が小さく 外交ベタ 張飛は 粗暴で 他人を見下した とあるが 演義では 関羽は いい領主だったとされている

劉備は 12万の大群を率いて 関羽の敵を打つため 呉に軍を進める

降伏する呉の重鎮に 陸遜が蜀軍を迎え撃ち

呂蒙と 陸遜が 劉備を殺す

孔明の石陣により 敗北する

張松が 勝手に軍を退却させ 曹操に殺される

曹操死去 曹丕が後を継ぎ 皇帝(文帝)を名乗る 

(部下の王粲が死んだ時 彼は驢馬の鳴き声が旨かったなあ と曹丕が呟いたら

洛陽で名士の間で驢馬の鳴き声の真似が流行った  世説新語より

孫楚はめったに他人を褒めなかったが王際だけは別だった

王斉が死んだ時名士が慰問に訪れ 孫楚は穀霊した

そして驢馬の鳴き声をした時 人々は笑ったが 孫楚は激怒し

お前らが死なず 王斉が死ぬとはといった

曹丕 曹植の詩の才を嫉妬し 七歩の才で豆と豆殻の歌をうたう

陸遜と曹丕のにらみ合いにより 呉と魏は 動かない

この頃 魏志倭人伝が完成 魏が卑弥呼が治める倭が背後にいるぞと孫権を脅す

劉備の後を 孔明が次ぐよう言うが 阿戸が次ぐ(ちなみに正史では劉禅が無能とは書かれていない

南蛮征伐開始 ビルマに向けて 蜀進軍

木鹿大王 兀突骨(鱗が生え 3m 蛇や百足を食べる) 朶思大王 孟獲 食邑夫人

などが 7回 捉えられ 7回戦い会心
孔明により肉まんが発明される

夏侯惇死去 曹丕は

孔明を倒すため 夏侯淵 夏侯覇を派遣するが

孔明の火計に会い 死去

北伐開始  出師の表を読み 漢王室 をめざす 
諸葛孔明の出師の表を読みて涙を堕さざれば、その人、必ず不忠

洛陽まで迫る軍に 司馬懿立ち上がる

孔明は空城の計を使い司馬懿を引かせる

司馬懿に女性の服などを送るが 司馬懿は応じない

馬謖 龐徳の千言を押しのけ 山の上に陣を引き

曹真に 敗北

泣いて馬謖を斬る 

孔明の元へ 姜維が降りる

巨星墜つ 五条河原で 死んだ孔明 生きた司馬懿をのかせる

生測るどもすなわち生測るざるなし

諸葛亮 定軍山に埋葬され 民悲しむ

姜維が 蜀を治める

蜀犬日に吠ゆ

司馬懿のクーデター発令

魏は晋に改まる

陸遜は 牢屋に入れられ憤死 死去

五虎将の一人魏延 裏切り 首を切り落とされる

孫皓が呉を治める

晋が中華を統一

三国で最後まで抵抗したのは 呉だった

阿戸 孫皓 晋に 降りる

阿戸は 洛陽にいたほうが蜀にいた時より 楽しいといい

安楽亭として 中華に 阿呆の代名詞としてなを残す

人の情けなき事すなわちここに至るべきか
諸葛亮あらざんとも…

と司馬懿すら呆れる

3年後 晋滅亡

あとがき

漢詩風三国志演義は原案アチウソフトとすれば著作権放棄するので好きに使ってください史記の孟嘗君によれば与えた恩は忘れ受けた恩は忘れるなというのがあります恩と思って受け取ってください

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