エヴァンゲリオンの気持ち悪いはシンジ君にではなく エヴァファンに向けてだった
唐沢:まさにエヴァンゲリオンという作品が騒動を巻き起こし、十年後のいまに至るまでこのような番組を作られる、
色んな人間が色んなことを言い、そして言ってみれば、純文学とするという意見が正しいとするならば、
一人の庵野秀明という人間の内面をのぞきこもうとしていたという行為、それに色んな理屈をつけて自分が正しい正しくない、
またそれを私や岡田さんみたいにある程度クールに眺める、
すべてのものをひっくるめてこのセリフに象徴されているような気がします。
言ってしまうと、エヴァンゲリオンの本質っていうようなものは、それまで与えられるのが当然と思っていた若い世代が、
与えられないことの快感に気がついちゃったことなんじゃないか。
少なくとも与えられるべき回答が与えられなかった、それから楽しませてくれるべきエンターテイメント性というのは欠落していた、
そういうようなものを、欠落というものに自分の心の中の何かというものを補完して、
そして完全な作品にしたときにそれは完全に自分ひとりの自分の中のエヴァンゲリオンになる、
その作業を多分十年間エヴァンゲリオンにはまった、エヴァンゲリオンに魅入られた人々がずっと続いていて、
そしてそれは自分の中では非常に充実した、自分の内部においてはとても楽しい十年間だったかもしれないけども、
でもある意味他人から見れば気持ち悪いと言われても仕方のない行為であったということ。だから悪いということじゃないですよ。
でもそういうことで自分自身を見つめなおすという見方をさせてくれたような作品だったと僕は思います。
乾:滝本さんはあのシーンといまの唐沢さんのご意見いかがですか?
滝本:えー、たしかに気持ち悪いんですが、えー、気持ち悪いなあ。・・・気持ち悪くていいじゃないか。
だって気持ち悪いものは気持ち悪いですよ。
唐沢:いいんですよ、気持ち悪くて。
滝本:いや、でも気持ち悪いのは駄目ですよ、やっぱ。
気持ち悪い、気持ち悪いのは駄目ですよ!気持ち悪い人は死んだほうがいいですよ。
これから家に帰って10年間僕は何をやって暮らしてきたのか、見つめなおします。
乾なにをいまさらというのだが YOUTUBEの バージョンエヴァの 動画は SさんPが 作ったのではなく K
(あえて 本名で 書かせてもらう)クンが 支持して作ったものだ
実はあの動画のおかげで 一時期は 2万人 も見てくれた 私 SさんPの動画が
78人に 落ち込んだのだ
正直言って 気持ち悪い人には 見られたくないのだ 自分が
エヴァは 確かにみたが ガンダムに比べて(って 78年の ファーストガンダムですよ)
たいした あにめじゃねえな というのが 本音だった
いま見なおしても セリフも ストーリーも SF設定も メカも 人物も 声優も 78年製の ガンダムに比べて なんと クオリティがおちることか
ガンダムという 名作のおかげで たいていのアニメは つまらない ものだ
ハルヒも らきすたも エヴァも(SEEDも 00もだ)
はっきりいって 駄作である
気持ち悪い人は 死んだ方がいいですよ と NHKにようこその滝本さんも言っているのだが
乾:滝本さんはあのシーンといまの唐沢さんのご意見いかがですか?
滝本:えー、たしかに気持ち悪いんですが、えー、気持ち悪いなあ。……気持ち悪くていいじゃないか。気持ち悪いものは気持ち悪いじゃないですか。 いや、でも気持ち悪いのは駄目ですよ、やっぱ。気持ち悪い、気持ち悪いのは駄目ですよ。 気持ち悪い人は死んだほうがいいですよ。 これから家に帰って10年間何をやって暮らしてきたのか、見つめなおします。
唐沢俊一の 意見というのが 気持ち悪いっていうのは シンジ君を気持ちが悪いって言っているのではなく 「エヴァを見ている アニメファン自体を 気持ち悪い」 というのを 庵野監督が 映画を通して 言っている というのである
以下引用
この唐沢さんが、なかなか最後まで的確なエヴァ論を放っていました。
劇場版、最後のシーンで首を絞められたアスカが放つセリフ「気持ち悪い」。それがこのアニメに対し、監督に対し、視聴者に対し、すべてを集約している言葉だと。深い。
私がエヴァにほほぅーと思ったのは「死にいたる病」(第拾六話)というタイトル。ええ、キルケゴールからの引用ですカー!?と、これまでのアニメとちょっと違うなと思った回でもありました※k
つまり なにがいいたいかというと K君は エヴァンゲリオンを観る という行為が
市井の一般市民からすれば 気持ち悪い行為 なんだと※
エヴァファンであるという ことを宣言すること自体が 気持ち悪い ことで
気持ち悪い人は 死んだ方が いいですよ という わけだ
(俺が行っているわけじゃなくて 滝本さんが 言っているわけで 誤解しないように)
というわけで 精神分析だ
なぜK君は 映画版のラストを見て エヴァファンであることを やめなかったのか
自分が 気持ち悪い人間であることを 再発見し それを直そうとしなかったのか
たぶん 彼が エヴァに出会ったのが 若すぎたためであろう (小学生だったらしい)
それゆえの不幸だ
はっきりいって 小学生が見るものじゃない
中学生や 高校生などが 観て 自分のキモさを 再確認し
エヴァをすてるなり した方が よかったのだろう
ところで なぜ こんなにおこっているかというと
YOUTUBEの 動画 閲覧数が 極端に減ったことだ
これはすべて 彼に責任がある
彼が エヴァの オープニングを 使った 動画を 作りたいとか
自分の 作曲した 曲の動画に エヴァの 絵を使いたいとか
いわなければ ここまで 動画閲覧数は 下がっていなかったはずだ
エヴァ という作品が いかに気持ち悪いか
エヴァという作品をみることが いかに人道に外れているか
こういう 認識を欠いていた 自分にも 責任があった だろう
っていうか SさんP自身 アニメファンじゃないからなあ
最近見てるのは ゲゲゲのきたろうだけだし
ハルヒも デスノートも らきすたも ぜんぜん わかりません
※
唐沢:まさにエヴァンゲリオンという作品が騒動を巻き起こし、十年後のいまに至るまでこのような番組を作られる、
色んな人間が色んなことを言い、そして言ってみれば、純文学とするという意見が正しいとするならば、
一人の庵野秀明という人間の内面をのぞきこもうとしていたという行為、それに色んな理屈をつけて自分が正しい正しくない、
またそれを私や岡田さんみたいにある程度クールに眺める、
すべてのものをひっくるめてこのセリフに象徴されているような気がします。
言ってしまうと、エヴァンゲリオンの本質っていうようなものは、それまで与えられるのが当然と思っていた若い世代が、
与えられないことの快感に気がついちゃったことなんじゃないか。
少なくとも与えられるべき回答が与えられなかった、それから楽しませてくれるべきエンターテイメント性というのは欠落していた、
そういうようなものを、欠落というものに自分の心の中の何かというものを補完して、
そして完全な作品にしたときにそれは完全に自分ひとりの自分の中のエヴァンゲリオンになる、
その作業を多分十年間エヴァンゲリオンにはまった、エヴァンゲリオンに魅入られた人々がずっと続いていて、
そしてそれは自分の中では非常に充実した、自分の内部においてはとても楽しい十年間だったかもしれないけども、
でもある意味他人から見れば気持ち悪いと言われても仕方のない行為であったということ。だから悪いということじゃないですよ。
でもそういうことで自分自身を見つめなおすという見方をさせてくれたような作品だったと僕は思います。
乾:滝本さんはあのシーンといまの唐沢さんのご意見いかがですか?
滝本:えー、たしかに気持ち悪いんですが、えー、気持ち悪いなあ。・・・気持ち悪くていいじゃないか。
だって気持ち悪いものは気持ち悪いですよ。
唐沢:いいんですよ、気持ち悪くて。
滝本:いや、でも気持ち悪いのは駄目ですよ、やっぱ。
気持ち悪い、気持ち悪いのは駄目ですよ!気持ち悪い人は死んだほうがいいですよ。
これから家に帰って10年間僕は何をやって暮らしてきたのか、見つめなおします。
乾:このシーンを選んだのはどうしてなんですか?
滝本:はい、えーっとですね、やっぱりシンジ君は主人公なので、ヒーローじゃなきゃ駄目だと思うんですよ。 それでああいう「もうやだ、死にたい」とか「やってられない」とか、そういうシーンがとてもヒーローらしくて尊敬したという。
乾:自分を重ねるようなところもあったんでしょうか?
滝本:あのシンジ君の状況に立たされた場合、100人中100人が、よし人類のためにかっこいいロボットに乗って、すぐ隣には美少女がたくさんいて、かっこよく戦うぞって思うと思うんですが、シンジ君はまったく戦わず逃げようとするんですけど、こういう場合逃げたりするほうがはるかにつらい、つらいというか大変だと思うんですよ。で、それなのに逃げるというのはえらいなあと。つまり、地球の運命とか正義のためにとかいうより、中学生の僕の心の個人的な悩みの方が重要なんだ、だから俺は逃げるんだという風にして逃げて、結局劇場版の最後まで彼はまったく戦わず、逃げ続けるわけですが、それがとてもかっこいいなあと思って尊敬しました。
藤津:普通は行って戻ってきたら成長したりするんですけど、あんまり変わらず似たようなというか、さらに状況が悪くなって、もういっぺん同じことをテレビだと二回か三回か繰り返しますよね。あれはある意味画期的というか、それまでは普通ああいうエピソードがあったら、成長エピソードだと思いがちだけど、そうしなかったのはすごいです。特徴ですよね。
滝本:そしてこれが物語の根幹に関わることで、とにかく成長しないで逃げ続けるというのが、なんだろう、物語に対して嘘をつかない、誠実に、途中でシンジ君が強くなったりしない、よし戦うぞみたいになったらまるっきりうそ臭くなるというか、最後まで逃げてくれたことに対してとにかく深い感謝の念と尊敬を……。
岡田:ちょっと僕は異論があるんですけども、シンジ君は逃げたんじゃないと思うんですよ。逃げたんだったら4話で逃げれるはずなのに、同じところぐるぐる回ってたり、ネルフの近所にテント張って泊まってたりしますよね。あれ逃げたんじゃなくて、すねたんですよ。
滝本:つまり普通に俺はエヴァ乗らないとかいって逃げるのじゃなく、ああどうしよっかなとぐるぐる……
岡田:そのぐるぐるっていうのが、いかにもすぐに捕まえてくれそうなところで逃げる感じがすねたと思っている。
乾:小谷さんはシンジは逃げたと見ましたか?
小谷:逃げるっていうか、成長しない子、あるいは成長して何になるかっていうと、アムロの場合だったら一人前の戦士になること、戦うことが男になることと同義になってるのに、碇君の場合はそうじゃなくて、男にならないんですよね。そこがね、男のヒーローと違うかなあという感じはします。
岡田:成長しない理由はたぶんこのアニメが本質的にエンターテイメントを目指してないからだと思う。これって文学なんですよ、どう見ても。よく文学が影響を受けたとかいうんですけども、 そうじゃなくてこのアニメ、エヴァンゲリオンという作品自体が文学だととらえているから、これが文学だととらえられないところが、日本の文学界の駄目なところで、芥川賞とかをあげないところが駄目なところなんです。芥川賞あげればよかったんですよ。そしたら日本の文学は絶対成長した。
岡田:主人公は成長せざるをえないのがエンターテイメントの宿命であり、長所であり、欠点なんですよね。
滝本:いや、エンターテイメントであっても成長しないことはできますよ。僕はエヴァは物語的には十分エンターテイメントの手法で作られていると思いますよ。
岡田:手法は僕もそう思いますよ。
滝本:だから描かれている内容が小説的にぐだぐた回っていてもエンターテイメントであることはできるし……
唐沢:たしかにエヴァはエンターテイメントだと思いますよ。エンターテイメントと純文学が両立するってエンターテイメントの人たちは思ってなかったの。ところが純文学だってみんな読んでわくわくすることもあるし、そこでもって萌えということもできるしということにようやく気づいた、視野が広がったということですよ、この作品で。
乾:滝本さんはブームのときに関連本とか読まれました?
滝本:読みました。
乾:どれくらい読みました?
滝本:出てるのは大抵読んだんですけど、あとエヴァに関する記事とかたくさん読んだんですけど、当時こういうテレビ番組とか少なかったんですけど、そういうのを見て、高校生とか大学生だった僕は「なんだ、このテレビとかに出て、分かったようなことを言っているクズどもは。俺は世界でいちばんエヴァを分かっているのに、こいつらなにをたわ言を……」
唐沢:そういう人が100万人ぐらいいたんですよ。
滝本:一年ぐらい前でしたら、飲み会とかで、飲み会でエヴァの話が出るのも変なんですけど、「エヴァはあの劇場版は失敗作だよね」、とか言われた瞬間、ガンと、「お前に何が分かるんだ、この野郎!ぶっ殺すぞ、この野郎! お前ごときにエヴァの素晴らしさは分からない。お前なんか死んでしまえ」というぐらいに怒りが……。
乾:滝本さんは最終話をどんな風に見ました?
滝本:んーと、たしかですね。僕はその頃高校生で、学校が終わってから、渋谷君と大倉君の家へいって、みんなで見てたんですが、記憶に残ってないんです。いや、何なんだろう、空白が。記憶に空白が。
乾:滝本さんはあのシーンといまの唐沢さんのご意見いかがですか?
滝本:えー、たしかに気持ち悪いんですが、えー、気持ち悪いなあ。……気持ち悪くていいじゃないか。気持ち悪いものは気持ち悪いじゃないですか。 いや、でも気持ち悪いのは駄目ですよ、やっぱ。気持ち悪い、気持ち悪いのは駄目ですよ。 気持ち悪い人は死んだほうがいいですよ。 これから家に帰って10年間何をやって暮らしてきたのか、見つめなおします。
乾:滝本さんの好きな女性キャラは誰ですか?
滝本:綾波レイですね。大抵男性の視聴者は綾波レイが好きだと思うんですが、やはり綾波は大好きですね。
小谷:どうしてどうして?
滝本:これが言葉では何とも説明できないんですよ。なぜかというと人を好きになった理由を口で説明できないじゃないですか。
滝本:だって綾波ですよ?好きになるに決まってるじゃないですか
BSアニメ夜話『新世紀エヴァンゲリオン』の回を遅ればせながら見た。事前に2ch情報で、ゲストの滝本竜彦(78年生まれ)が凄いことになっているとは聞いていたのだが、確かに異彩を放っていましたね。話してる内容どうこうではなく、単に挙動不審で口下手というだけなのだが、あの怪しさはテキストでは全く伝わらなかったので、映像を観ておいて良かった。
すでに『カードキャプチャーさくら』の回で、佐藤心(79年生まれ)が「さくらタンお弁当セット」を持参し、あのCCさくら板住人をして「キモイ」と言わしめる快挙を成し遂げてはいたが、今回の滝本で、BSアニメ夜話を観ている一般の方々に、「いまの26歳はヤバイ」という固定観念が決定的に植え付けられたと思います。もっとも、ぼく(78年生まれ)としては、無味無臭世代の闇はあんなもんじゃないと思っておりますが……|∀・)ニヤ
さて感想はといえば、あんま面白くなかったにゃあ。いい機会だから書くが、今回に限らずアニメ夜話全体が、マンガ夜話に比べると盛り上がりに欠けまくる。やはり、感性のいしかわ、理論の夏目、発想の岡田に仕切りの大月という強力無比なカルテットを、アニメ関係者で再現するのは難しいのだろうか。マンガ夜話はいしかわと夏目が軸となり、マンガを知り尽くした二人の対立やズレを元に議論を展開することが多いが、これをアニメ夜話で唐沢俊一ひとりに担当させるのはどう考えても無理がある。今回一番盛り上がったのが、唐沢と小谷真理がエンタメ性と純文学性を巡って対立した場面であったことを考えると、やはり唐沢へのカウンターとなる人材がレギュラーに欲しいところだ。岡田も司会で番組全体をコントロールするより、「裏司会」として議論に口を挟んだり要約係になった方が生きる。
そう考えると、マンガ夜話のレギュラーは実に適材適所であることが痛感させられる。評論係がいしかわと夏目の2人だけというのも、話題が高度になりすぎないための絶妙な配置だ。例えば高橋源一郎をゲストに迎えた、しりあがり寿『弥次喜多inDeep』の回。いしかわ・夏目・高橋の議論が完璧にかみ合い、「68年転回説」など見ごたえのある議論が次々飛び出したマンガ夜話屈指の傑作回であるが、もう一人のゲストさとう珠緒が全く話題についていけず、口を開くたびに議論の腰を折るという有様だった(出演して喋らないのはあの商売ではタブーだから、出た回がマズかったと同情するが)。
個人的にはいしかわ、夏目、高橋で「BSマンガ批評」でもやって欲しいくらいだが、開かれた番組を目指すなら評論系3枚はちょっと堅すぎる。やはり評論係2名、調整係2名の現行が、どの作品にもフレキシブルに対応できる組み合わせだろう。裏モノ日記にもあるように、アニメ夜話には議論を恐れない悪役評論家が必要だ。まずは氷川と唐沢をケンカさせようぜ。じゃなきゃ東浩紀を呼べ!w
小谷真理が好きなシーンとして挙げたのが、エヴァが使徒を喰うシーンであるとは、2chであらかじめ聞いていた。そこで、「これは『女』であるエヴァが使徒を喰って『開放』される場面をフェミ論者である小谷が無意識に~」とか適当ぶっこいちゃおうかと思ってたら、本当に自分でそういうことを言っていたので参った。好きな場面までフェミニズムで解釈するのかこの人。その点、綾波好きの理由を「だって綾波ですよ?」と答えた滝本竜彦は圧倒的に正しい。エヴァ世代に求められたコメントとしては理想的なアンサーだ。「劇場版を失敗作扱いする奴はブッ殺す」発言も含めて、彼はまったく正しいことを言い続けていたと思う。
もっとも、綾波に関心のないぼくとしては、はじめて動いている姿を見る宮村優子の方がはるかにエキサイティングだったわけだが。……恥ずかしながら、彼女の声の端々にアスカの残響を感じとっていちいち萌えていたのはヒミツだ。ましてや、アヤナミストは人形愛好or死姦好きの変態野郎であり、サディスティックな美少女に罵られる方がはるかに刺激的だと本気で思っているだなんて、口が裂けても言えるわけがない。アヤナミスト滝本は、せいぜい川端『眠れる美女』なみの変態文学でも目指してくださいな。ぼくは谷崎の方が好きですからっ!
最後に、裏モノ日記で以下のような記述を発見。
「エヴァに関してはヤバい話もいっぱいあるので、ダメだったら切ってください」と冒頭で宮村優子が言っていたが、このエピソードは果たしてNHKで放送OKな のか? オイ。 滝本さんのそれ聞いての感想。「……アニメを作る人というのは…………もっと社会性がある常識人だと思っていた のに……キモチ悪いですよ!」
滝本のそんなコメント本放送にはなかったぞ? これ宮村の台詞を巡るエピソードじゃないよね? 社会性とか常識とか言ってるし(変質者を想像させる程度の役作りでこうは言わないだろう)。「気持ち悪い」のがイイとかダメとか、滝本がずいぶんこだわると思ったら、庵野の激ヤバエピソードがカットされてたというわけだな!? テレビ放送がマズいなら、せめて活字でなんとか……ダメ?隠れアニタクな私、エヴァにハマッタくちです。劇場版も中学生と一緒に並びました。懐かしいってもう10年前の話なの。しょーっく。で、そのうんちく番組。司会の岡田斗司夫の発言に、驚き桃の木山椒の木でした。
「エヴァンゲリオンは、純文学なんですよ。芥川賞を与えるべきだったんです。小説なんですうんぬん」
コメンテーターの人たちも騒然。言い切られちゃったよ、純文学。狭義には、夏目漱石や谷崎潤一郎と並ぶってことですか、としおさん! その発言により純文学かエンターテインメントかもめてましたが、評論家の唐沢俊一さんが「純文学とエンターテインメントの要素をもったアニメだった」とまとめてくれて、その場はおさまりました。ほっ。
| 固定リンク
「ニコニコ動画 youtube」カテゴリの記事
- 【ニコニコ動画】俺の嫁をTシャツにプリントする10の方法(2009.03.30)
- 【ニコニコ動画】HD整理したらでてきた初音ミクプラチナ(2009.03.22)
- 電子浪曲カノンの旅2 同人自作ゲーム(2009.03.12)
- 【ニコニコ動画】電子文学 カノン道中記 自作ゲーム 同人(2009.03.08)
- 焼肉の王子様 動画(2009.02.22)


コメント